S.R.I(ShiroSano Research Institute)

佐野史郎さんを愛し、佐野さん出演作を研究する研究所

完全なる飼育 赤い殺意(1996)

完全なる飼育 赤い殺意

作品データ

公開日:1996年

制作:セディックインターナショナル、アートポート
監督:若松孝二
助監督:白石和彌
脚本:久保寺和人 出口出
原案:松田美智子「完全なる飼育」より
製作:中沢敏明、松下順一
音楽:益子恵一
撮影:辻智彦
照明:渡辺康
録音:川嶋一義
編集:掛須秀一
制作:大日方教史
エグゼクティブプロデューサー:加藤東司
プロデューサー:佐藤敏宏、清水一夫
協力:若松プロダクション
制作協力:エクセレントフィルム
出演:伊東美華 大沢樹生 佐野史郎 石橋蓮司 不破万作 ほか

作品のあらすじ

ホストの関本(大沢樹生)は追い詰められていた。借金が返済できない。返済できなければ自分の命が危ない…そんな時、持ち掛けられた殺人の依頼。関本は殺人を遂行するが、負傷しつつ逃げて逃げて逃げまくり、雪深い土地の農家らしき家に忍び込む。そこには女(伊東美華)が一人。女の名は明子。侵入者の関本に一瞬おびえるが、なぜか助けを外に求めない。警察が家の戸をたたいても助けを求めるどころか対応しようともしない。何かの事情を感じつつも、次第に関本は明子に心を開いていく。そこへ家主の山田(佐野史郎)が帰宅。山田の気配を感じるや、明子は慌てて関本を2階の倉庫に隠す。親子とも違う、兄弟とも違う…かといって恋人とも違う…山田と明子の不思議なやり取りをこっそり観ているうちに関本は状況を把握した。

明子は、山田に監禁され「飼育」されているのだ…

映画の見どころ(独断と偏見)

監禁する男と監禁される少女の間に芽生える倒錯愛を描いた人気シリーズ「完全なる飼育」第6弾とされる本作品は、若松孝二監督の7年ぶりの劇場用作品として公開された。

report.cinematopics.com


邦画がお好きな人であれば「完全なる飼育」シリーズのタイトルくらいはきいたことがあるかもしれない。

「完全なる飼育」は松田美智子が書いた『女子高校生誘拐飼育事件』(1965年に起きた実在の誘拐事件・女子高生籠の鳥事件を基に書かれたフィクション)を原作とした映画で、第1弾が公開されたのは1999年。竹中直人小島聖による体当たり演技が話題となった。

あらすじとしては『体と心が一致した、完全なる愛を求める中年男が、女子高生を誘拐し、自室で監禁・飼育し、完璧な愛を作りあげようとする。偏執的な男を拒絶していた女子高生であったが”飼育”されるうち、やがて男に惹かれていく…』といったお話。

その「監禁する男と監禁される少女の間に芽生える倒錯愛」というシチュエーションでシリーズ化されているそうな。

そんなシリーズの中の1本がこの佐野さんが出ている「~赤い殺意」なのだが、若松監督が撮っているせいなのか、本来の「完全なる飼育」とはちょっとカラーが異なる。女を監禁し思い通りに飼育したい男・山田(佐野史郎)、監禁され逃げられない女・明子(伊東美華)、そこに関与してしまう男・関本(大沢樹生)という、三角関係のストーリーとなっており、男2女1の話なのである。また、1990年あたりに実際発生した新潟の監禁事件にインスパイアされた作品とのことで、生々しい雰囲気もある。そして本作の最大の特徴としては『監禁する男と監禁される女の間に愛が芽生え…てないよね?』というところ。シリーズのお約束をぶっ壊しているところが若松監督っぽい。

冒頭にリンクした記事によると、若松監督曰く、この映画に込められた意味は「戦争である」とのこと…(北朝鮮アメリカの映画…と発言したとも)

佐野さんが演じているのは少女をさらって監禁・飼育している山田という男。一見真面目でおとなしい男だが、異常な神経質。

(まあまあネタバレしますよ)

山田は明子を「子供」としておくことを重要視している。成長していく明子を「子供のまま」にするための努力を惜しまない。スタンガンで脅迫したり、鎖でつないだりする「おしおき」はするが、性的な暴力は振るわない。明子を「子供のまま」にしておくために服や下着を用意したり、剃毛したり、全身に天花粉をはたいてあげたりする…そして明子を裸に剥いておきながら、その裸体を目にし自分が「大人の反応」をしてしまうことを嫌悪している節がある。

比べるのも不本意だが、おそらく冬彦や麻利夫の何百倍もアブノーマル。佐野さんの演じてきた役の中で真面目に狂っているキャラクターbest3に入る。結構な狂人。

明子はただただ山田におしおきされないように言うことを聴く。逃げ出す方法もわからない状況。そんな二人の監禁生活に「大人」を持ち込むものが現れる。それが関本。関本が明子に「大人」を教えてしまった時、完璧だったはずの監禁生活に乱れが生じはじめる。

三者の欲望により自由を剥奪され、人間らしいとは言えぬ生活を送り青春を失ってしまった明子が、ならず者であるはずの関本により「大人」を教えられ「人間らしさ」を与えられた…そこから己の自由を取り戻すために明子の逆襲が始まる…関本も加わった3人によるアッと驚く「転」は暴力的だが、ドライでもある。

そして静寂が訪れて「結」。雪深い農村は純朴のメタファーなのかな…監禁部屋から真っ白な雪の積もった外に出る明子…ゆっくりゆっくり街に降りていく=人間の生活に戻っていくことを示唆した、静かなラストが印象に残る。

若松監督が言った「この映画に込められた意味は戦争である」というのは…奪われた人間らしさを奪還する…という受け取り方でいいのだろうか。もう3回ほど鑑賞しているが、工藤はそこまで深い意味を汲みとれていないかもしれない。佐野さん目当てにやましい鑑賞をしているからかもしれない(苦笑)。ただこの手のえぐい映画を3回も鑑賞できる時点で、工藤はこの映画がおそらく好きなのだろうと思う。

そして、佐野さんの見どころ……あまり掘り下げると工藤の異常性が露呈してしまいそうで嫌(笑)なので優等生ぶってお伝えしたい。

まず佐野さんが役に寄り添うときの考え方を引用しよう。

「なぜその人はこういう風に生きているのか?」と辿り、その世界を現実と同じように生きてみせること。実際の現実では許されないこともありますから、そのことも含めてわざと演じてみせる。それが俳優の仕事だと思っています。

なので、演じる役柄について善悪で考えることはありませんね。悪役をやろうと思って演じることもない。善人であれ悪人であれ、なぜこういう生き方をするのかと考え、その人物の思考を辿る作業がとても楽しく、やりがいがあると感じています。そうして他人であるその役が、自分の中で腑に落ちたときの感覚が好きです。
2020年8月
【インタビュー】善悪にとらわれず役を演じる 俳優 佐野史郎 | 仕事を楽しむためのWebマガジン、B-plus(ビープラス)

 

世の中の映画における「異常者」「サイコパス」って、観客がわかりやすいようにするためなのか、脚本がだめなのか、演出する人がへたくそなのか、わかりやすいメイク・衣装で「俺は血が観たい…女の叫ぶ声が俺を刺激する~」みたいな中二病かよっていう恥ずかしいセリフを言ったりするが(苦笑)、本当の異常者は普通の人の姿をしているはずだ。だって我々が異常だと思っていることが、その人にとっては正常で普通のことなのだから。

上記の発言が佐野さんのスタイルならば、佐野さん自身はこの映画にでてくる山田という男も「悪人」として演じていないはず。「監禁=生活」「折檻=教育」という感覚をもつ「普通の男」なのだ。そのたたずまいがいい。

またこの山田という男は、
きれいな装い(衿がパリッとしている)・車を運転できる会社員・監禁場所をキープすることができる・明子に衣食住の世話ができる
…という普通の「生活ができ、ある程度財力がある社会人」ということが映像から見て取れる。

また少女を大人に育てあげているわけだから単なる小児愛者でもない。おそらく彼は「純粋で自分に従順な、子供の心を持ったままのパートナー(同志)を育てたい」と思っている、でも山田自身も見かけは大人でも、子供の心のままで、大人の技量を持ち合わせていない様子なので、おままごとのような生活しかできず、また動物的なしつけしかできない…と推測する。だから彼は明子に「愛」を教えることができない。セックスもできない(できるんだろうけど大人の女性相手には自信が無いということなのかもしれない)。明子の貴重な青春時代が自分の犠牲になっていることもわからない。

こうした山田の人物像について、説明セリフがなくともおぼろげにでも感じ取れるような仕組みになっているのが素晴らしい。若松監督と佐野さんが緻密に組み上げた物語があるからこそ、我々観客は「この人は本当に危ない」という印象を受ける。いい仕事をしている。かなり精神をすり減らしたと思う。
居酒屋で飲んで酔っ払ったときに「若松、このヤロ〜、殺してやる!」と騒いだらしいし…(笑)

とにかく、好き嫌いが絶対に分かれる作品ではあるが、ヌードや剃毛や過激な描写に臆することなく観てもらいたい。あと「完全なる飼育」シリーズとは切り離してみた方が鑑賞しやすいかもしれない。

また、普通の生活を送っていればあまり共感できない山田という登場人物をただ「ああ、いつもの佐野さんの得意そうな変な人ね」という目で見るのではなく、表情や目線などから彼の「思考」に迫り、佐野さんがどう辿って演じたのかを感じっていただければと思う。

佐野史郎さんの役どころデータ

役名:山田真一
職業:トラック運転手
女性関係:小学生の明子をさらって監禁・飼育している

一応佐野さんご自身も、「ブチ切れた」作品だと思っていらっしゃる様子(笑)
なお、若松監督と佐野さんの組み合わせでは「標的~羊たちの哀しみ」「千年の愉楽」などもある。ゆくゆくはブログで書きます。